今、古代史が熱い。熱いんです。と言っても私の中だけでの話ですが。(^^)
元々日本史は旧石器時代専門(何が専門だか(^^))だったんですが古代も調べると凄く面白いんです。というかこれほど真実が解かってないとは思わなかったんです。
いくらなんでも邪馬台国が何処にあったかいまだはっきりしていないことくらいは知っていますが雄略天皇の後、継体天皇(なんで漢字変換されないんだよ)まで誰が何したかもはっきりしてないんですよね。実家の近所にある安閑天皇も本当に天皇位に就いたかどうかも解かって無いですし地元ではあの安閑天皇の古墳は実は皇后の古墳で横のちっちゃい方墳が安閑天皇と言われるしまつです。
また蘇我入鹿は天皇位を狙って傀儡化させ改革に反対した保守派ですこぶる悪いやつのように言われていましたがどうも全部逆で、豪族の権力を徐々に奪い天皇に権力を集中させ律令制度をひこうとした先見性のある改革派だったようです。(これは最近のNHKの番組でも同じような骨子で説明していたので信憑性は高そうです。)
それを守旧派の中大兄皇子にクーデター(乙巳の変)で倒されて全部逆に言われたそうです。そう言えば蘇我入鹿は聖徳太子の息子である山背大兄王を暗殺したと言われていますが山背大兄王自身その存在を疑われています。
また蘇我氏と物部氏は濃い血縁関係で実は仲がよく守屋は宗家でもなく物部の支持を得てないので負けたとかいろんな説がでています。
私が子供の頃からずっとお参りに行っている神社の氏神は物部氏で物部氏には親近感があったのですが蘇我氏と繋がっているとは思いませんでした。
また私が最も興味のある天武天皇は何年に産まれられたかが記録から丁寧に消されてあり本当の年令が解かりません。なんと聖徳太子が崩御して1年後に産まれたとする説もあり太子の子供ではとする説もあるようです。
これらのことを全て事実とする根拠は無いですが逆に全部否定する根拠も無いんです。
現在継体天皇陵といわれている古墳の発掘が進んでいますがそこから木管とかでて何か明らかになってくれると嬉しいです。
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